2002年11月 明日香周辺・藤原京スタディーツアー

秋深まる明日香を訪ねました。紅葉真っ盛りの談山神社、天香具山の斜面に作られた万葉の森、石神遺跡の現説など秋の飛鳥路を満喫しました。
そして「歴史街道」主催の「六都再見スタディーツアー」初参加。講演会と見学会を組み合わせた「スタディーツアー」全6回シリーズの第2回である今回は藤原京コース「伎楽から能へ〜芸能〜」、講師は総合芸術家・野村万之丞氏。

この記事は書きかけですが随時更新していきます。(最終更新:2005.4.13)

行程の概要

詳細な行動記録

11月21日(木)〜11月22日(金)

今回は撮影旅行

 今回は談山神社をはじめとして奈良の紅葉がベストなシーズンを狙っての旅行です。そういうことで、少し本格的に写真を撮るよう装備を調えました。長年愛用しているマニュアルフォーカスの一眼レフカメラ(PENTAX SuperA)に単焦点レンズ(広角24mm・標準50mm・望遠80mmの3本)リバーサルフィルム(FUJI Provia ISO 100)と本格装備です。それに加えてメモ代わりにデジカメ(100万画素クラス)、またスナップ用に35mmコンパクトカメラも持参します。

地元発の夜行高速バス

 21日、仕事を終えて自宅で予め荷造りしてあった荷物を確認して関西行きバス乗り場へ向かいます。今までは関西方面に高速バスで行く場合、東京発の路線(たいていJRバスのドリーム号)を利用する事が多かったのですが、今回は水戸発、土浦、つくば経由京都、大阪行きのバスを利用してみる事にしました。1日1便しかないのですが東京で乗換えなくて良い分、時間にも余裕があり仕事の後そのまま出かけるには便利です。

宿に荷物を預け桜井へ

 京都駅から近鉄に乗り換え大和八木まで行きます。前回も利用した「あすかロードユースホステル」に荷物を預けて身軽になり、桜井側の最寄り駅である耳成駅まで歩きます。ちょうど通学時間に当たってしまったようで電車は制服を着た男女の高校生で混み合っています。電車に乗ったところで重大なミスをしたことに気が付きましました。先ほど宿に預けた荷物の中にリバーサル(スライド用)フィルムを入れたままにしてしまったのです。リバーサルフィルムは上手く使えば通常のネガフィルムより鮮やかで良い色が出せるので、談山神社の紅葉はこれで撮ろう、と思ってわざわざ用意してきたのに、、、、  ネガフィルムの予備も一緒に入れてしまったので、しばらくはフィルムを入れて持ってきたコンパクトカメラとデジカメで用を足して、店が開く時間になってからどこかで調達する事にします。
 とりあえず桜井で電車を降り、ガイドブックを広げてどこから行動開始しようか考えます。たまたま飛鳥方面のバスが間もなく来る事が判明するので、そのバスに乗ってまず資料館に行く事にします。

飛鳥資料館・大仏

 資料館前でバスを降りますが、開館までは少し間があるので向かいの大駐車場のあたりをぶらぶらして、土産物店を覗いたりします。長野からの観光バスが1台到着します。この団体も朝一番に資料館を見学するようです。開館と同時に入場券を購入して入館します。資料館では地下の特別展示室で特別展「A0(エーゼロ)の記憶」をやっています。A0サイズのケント紙に墨と烏口で描かれた文化財建造物保存図の展示です。文化財の保存・修理工事の度に綿密な調査が行われ図面に記録されてきました。その図面を描くプロ達は、必要とあらば板を削って曲線定規まで自作してしまうそうです。
 今回の資料館を訪問したもう一つの目的は資料館で1999年に開催された企画展「幻のおおでら百済大寺」の図録を購入する事でした。百済大寺については、その所在地が「吉備池」の地であることが最近の調査で判明したことをエッセーのコーナーで述べましたが、この企画展が開催された当時は発掘調査が進行中の段階で、まだ大伽藍の全貌がはっきりと確認されていない状況でした。それでも吉備池廃寺が百済大寺の最有力候補として挙げられています。
SEKIBUTSU
路傍の石仏と供物
 資料館を見学してから歩いて飛鳥大仏で有名な飛鳥寺(鳥形山安居院)に向かいます。途中路傍の石仏に菓子と野の花が供えてあるのを見て、なにげない信心に感じいりふと立ち止まり手を合わせました。今日は平日ですが、飛鳥寺前の駐車場には観光バスが多数来ています。「飛鳥大仏」は5世紀初期に制作された現存するものの中では日本最古クラスと言われる金銅釈迦如来坐像ですが、傷みが激しいため何度も修復の手が加えられ、創建当時のままの部分はごく一部だとのことです。売店で小型の般若心経経本を購入し、案内役の僧にことわって仏前で読誦させて頂きます。(合掌)
 飛鳥寺参拝後、門前の土産物店でフィルムを購入します。これで重たい思いをして持ってきた一眼レフと交換レンズが肝心の談山神社で役に立たないと言う事態は避けられました。土産店で売っているのはもちろんネガフィルム(ISO 400)だけです。明日香村の中でリバーサルフィルムを買える店がどこにあるか、などということが判るはずもありませんので、とりあえずこれでガマンします。結果としてはこれが幸いしたのですが。

万葉文化館前、岡寺入口を経て談山神社へ

 飛鳥寺から酒舟石遺跡の横を通り坂を登って万葉文化館前へ出ます。駐車場のわきに飲食物を売る店が何軒か並んでいるがそのうちの1件では屋台で「飛鳥鍋」を出しています。「飛鳥鍋」とは白味噌と牛乳のスープに鶏肉と季節の野菜を入れたものです。本当に飛鳥時代にこんな物を食べていたのか定かではないのですが、飛鳥の冬の名物として売り出し中の様です。使っている鍋は飛鳥で出土した「亀形石造物」を模した感じの土鍋でした。店の人に聞くと信楽焼の特注品とのことで、同じものを買うことは出来ないみたいです。飛鳥鍋を食べた後、念のため万葉文化館の売店をのぞいてみましたが、リバーサルフィルムは有りませんでした。余談ですが、この美術館の、ホテルのロビーを思わせる豪華な内装は明日香になんんとなく不釣り合いな気がします。
それから山腹のバイパス道をしばらく歩き岡寺山門へでます。岡寺もいつかゆっくり見てみたいと思っていますが、今日は門前を素通りして脇の山道に入っていきます。水道の水源施設らしき物の脇を通って、少し登るとそれより先は車の入れない道になります。道標も無いので地図と勘だけが頼りです。今回は最初からこの山道を通って談山神社を目指すつもりだったため、山歩きにも使う国土地理院の1:25,000地形図を持ってきました。多少道を間違えても稜線に出ればなんとか談山神社にはたどり着けそうなので、勘だけを頼りに登ります。岡寺前から1時間ほどで稜線近くの車道に出ました。そこには談山神社への道標がありました。どうやら道を間違えずに来れたようです。実際に葛城皇子(中大兄皇子)と鎌足がどの道を登ったのかは判りませんが、こんな山道を2人して登ったのだろうかなどと想像をふくらませて心地よい汗をかきながらのハイキングを楽しみました。また時が少し下って藤原京の時代、持統天皇は何度も多武峰に登ったとの記録が日本書紀に残されています。彼女の多武峰詣での目的は今ひとつはっきりしませんが、政治の実務は藤原不比等らに任せて、遊山を繰り返していたのでしょうか?

談山神社で紅葉を満喫

 談山神社の紅葉の進行状況は神社の公式WEBサイトにてリアルタイムで速報されていたため、まさに今が見頃であることは来る前から判っていたのですが、実際に自分の目で見た時の感動はパソコンのディスプレイでは味わうことができないものでした。リバーサルフィルムでの撮影はできませんでしたが、ネガフィルムで何枚も撮影しました。
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